2007年のトロント映画祭でプレミア上映され、人々を驚愕させたその映画のタイトルは『GEORGE A. ROMERO'S DIARY OF THE DEAD』。『ランド・オブ・ザ・デッド』等と並び、「デッド・シリーズ」と称されている。
その『DIARY OF THE DEAD』が、この程ニューヨークで披露された。この特別試写は2月6日7時より、場所はタイムズスクエアにある25個のシアターが入っている巨大なシネコンで行われた。これはAmerican Museum of the Moving Imageというニューヨークにある博物館が主催するもので、幸運な事に監督によるティーチ・インも用意されていたのだ。
会場は広過ぎず、狭過ぎずの丁度良い大きさ、そして満席。やはり圧倒的に多いのは男性の姿。特にオタクの姿が目立つ。ロックバンドのTシャツにロックバンドのキャップ。まさにコテコテスタイルのアメリカのオタク達。主催側の博物館のアシスタントキュレーターの女性がマイクを持ってスクリーンの前に立つやいなや会場は大歓声に包まれた。監督や俳優達ならまだしも、彼女にまで大歓声が起こり、この『DIARY OF THE DEAD』がどれだけ期待が大きいか肌で感じる事が出来た。
まず先に言っておこう、この映画の中では、わたしたちの観る映像は全てそのカメラを通したもの。つまり、この映画は登場人物が撮影するカメラの映像で構成されているのだ。ゆえに彼らが撮影していない時は、映像もなく話が飛ぶわけだ。それは話題作『クローバーフィールド/HAKAISHA』のそれと同じ手法だ。『クローバーフィールド』の場合、手ブレがひどく、鑑賞中に気分が悪くなってしまうという状況に陥る人も多かった。しかし、『DIARY OF THE DEAD』で使われているカメラはより高性能のもの。ブレで気分が悪くなるということはないはずだ。また、ビデオカメラ以外にも携帯電話のカメラの録画機能を使った映像や防犯カメラの映像等もこの映画を構成するシーンの一部として使用されている。
シーンが切り替わり、ある若い女性のナレーションが始まる。それは「わたしたちは間違いを犯した」という後悔の念に満ちたものだ。ある夜の暗い森の中、白いドレスを身に纏った長い黒髪の女性が何者かに追われている。そこに突然ミイラが現れる。足が絡まり倒れる女性にそのミイラが素早く襲いかかろうとするが…。そこで「カット」の声が掛かる。そして「ミイラはそんなに動きが速くない」と野次が飛ぶ。彼らは八人の映画科の生徒と一人の教授、合わせて九人による自主制作映画のクルーだった。彼らは生徒の一人ジェイソン・クリードが監督を務めるホラー映画『Dead of the Dead』の撮影をしていたのだ。
しかし彼らは撮影の最中にあるラジオ放送を聞く。そのラジオ放送によると、死体が蘇り始めているというものだった。「そんなの嘘に決まってる」と言う者もいるが、一行は動揺し、とりあえずジェイソンのガールフレンド、デブラを学生寮に探しに行く。寮に到着するものの、そこはもぬけの殻。恐る恐るデブラを探すジェイソン。デブラは怯えながら部屋に籠り無事だったが、ジェイソンはデブラのパソコンで死んだはずの違法移民が蘇った映像を見て、現実にとんでもない事が起こっているのだと確信する。そして彼は誓うのだった決してカメラは手放さない、ドキュメンタリー映画『Dead of the Dead』を完成させると…。
それでもゾンビ化現象は進むわけで、この現象はもはや災害と化す。対抗するというよりはもうゾンビから避難するしかなくなるのだ。それはアメリカ、ニューオリンズを襲ったハリケーンカトリーナ等の自然災害を連想させるかもしれない。ほとんどの人は逃げ惑う一方で、ジャーナリストやカメラマンは逃げるどころか危険な所に突っ込んで行く。真実を知りたいという興味か執着か、それとも信念の為か。『DIARY OF THE DEAD』の中のジェイソン・クリードはまさにそれ。周りにいる彼女や友人達は危機に瀕している状態でカメラなんか回すなと促すが、以前からドキュメンタリー映画を作りたかったジェイソンはカメラを手放さず、目の前で起こっている真実を映し続ける。
映画の中でも行われているのだが、ジェイソン・クリードが真実を映し続けるという行為は、情報が常にコントロールされ、真実が捩じ曲げられて報道される事への抵抗だ。ジェイソンは自分の撮影した映像をMySpaceにアップロードし、こう言う、「今起こっている事をそのまま報道する事で、人々は解決方法を探し出す事ができるかもしれない」と。しかし監督ジョージ・A・ロメロは誰でも簡単に撮った映像をアップロードできるシステムの利便性を表しながらも、その危険性をも示唆する。この映画『DIARY OF THE DEAD』の題名にある"Diary"もビデオダイアリーから採られている。
ロメロは『ランド・オブ・ザ・デッド』で9/11テロ後の社会を描いた。そして今回の『DIARY OF THE DEAD』でも現代社会を寓話的に風刺している。ロメロは言う、『わたしがやっている事は、現代社会で起こっていることにゾンビを加えただけだ』と。ゾンビはジョージ・A・ロメロという人物の語り部としての欠かせない調味料のようなものだ。ゾンビを映画の中に投入する事により、ロメロの持つストーリーテラーとしての才能に旨味が加わるのだろう。
1968年に『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』でスクリーンデビューしたジョージ・A・ロメロ。今回の『DIARY OF THE DEAD』はとことこんインディペンデントにこだわった原点回帰的作品にしたかったのだという。もちろん低予算に加え、約20日で撮り終えたという撮影期間の短さはまさにインディペンデント。そして全てが夜に始まるストーリーは『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』のそれとシンクロする。
『ランド・オブ・ザ・デッド』ではデニス・ホッパーをはじめ、ジョン・レグイザモ、サイモン・ベイカー、そしてダリオ・アルジェントの娘エイジア・アルジェント等有名な俳優達を出演させていたが、『DIARY OF THE DAED』はインディペンデントにこだわった作品ゆえに有名俳優は起用していない。それでも強烈なキャラクターが登場する。特にサミュエルという老人は最高だった。言葉をろくに話せないため(老化により?)、学生達にはじめゾンビと間違われるが、大鎌でゾンビに応戦するという奮闘ぶりに会場は大興奮に包まれた。またロメロ監督自身も一瞬出演しており、そのシーンでも大喝采が起きた。テロや災害等の題材を扱っているものの、コテコテなものから皮肉的なものまで、所々に配するユーモアも忘れていない。