Google

サイト内を検索
www を検索
最近更新された連載
シネマゲーム☆バカ一代

ジャンクハンター吉田の電脳オクタゴン

町山智浩のアメリカ映画特電

清水崇のオーバー・ザ・呪怨

ハウス・オブ・ザ・デッド: オーバーキル 非公式サイト

小宮山雄飛の東京DVDライフ

渡辺竜平のハリウッド片道切符



クレジットカード比較
FX 比較
デジタルカタログ

更新 2007年04月26日

『ハンニバル・ライジング』の魅力を語り尽くす! 監督P・ウェーバー&製作M・ラウレンティウスの超ロングインタビュー特集!

世界で最もインテリジェンスのあるシリアルキラー、ハンニバル・レクターシリーズの最新作『ハンニバル・ライジング』が現在公開中。“ハンニバル・エピソード1”と言える青年時代のレクターの姿を追い、人喰いに取り憑かれるようになった彼の特異な人格形成の経緯を明らかにする。主演にはフランスの若手注目株ギャスパー・ウリエルを抜擢。レクターの人格を決定づけるエピソードが『真珠の首飾りの少女』のピーター・ウェーバー監督の演出で衝撃的かつ格調高く綴られている。映画秘宝.comでは本誌DEVILPRESS MURDER TEAMと共に、今回監督を務めたピーター・ウェーバーとプロデューサーのマーサ・ラウレンティウスに独占ロング・インタビューを敢行! ウェーバー監督にはカニバリズムとモンスター・レクターの魅力、残酷描写の社会への影響力などについて、そしてマーサには本作を製作するきっかけや原作者T・ハリスによる脚本作りの苦労など、様々な疑問に対し真摯に答えていただいた。また『ハンニバル・ライジング』を観るなら、アンソニー・ホプキンスの怪演が魅力の過去シリーズ3作をしっかりDVDで予習復習しておくことも忘れずに!!

《『ハンニバル・ライジング』ストーリー》

第二次世界大戦で家族と死に別れたハンニバル・レクター(ギャスパー・ウリエル)は、ソ連政権下にあるリトアニアの孤児院に収容される。彼は幼い妹ミーシャと山小屋で隠れ住んでいた際に、残忍な逃亡グループに最愛の妹を惨殺され、そのショックで記憶の一部と言葉を失ってしまうのだった。心を閉ざしたまま青年に成長した彼は、ひょんなことから親族の存在を知り、孤児院から脱走。唯一血縁のある叔父が住むパリへと逃亡した。そこでレクターは、叔母にあたる日本人女性レディ・ムラサキ(コン・リー)の運命的な出会いを果たすのだった――。

-------------------------------------------------------

《ハンニバル・シリーズのおさらい》

『羊たちの沈黙』1991年

アカデミー賞作品賞ほか主要5部門を受賞し、賞レースでもしっかり評価された記念すべき第1作! 凶暴なシリアルキラーながら、明晰な頭脳でバッファロウ・ビル事件の犯人を推理するレクター博士の特異なキャラクターを世に知らしめた。
監督:ジョナサン・デミ/脚本:テッド・タリー/出演:ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス、スコット・グレン
DVD『羊たちの沈黙』特別編(新生ベストヒット 第1弾) ¥1,490(税込)/発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント
© 2007 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.


『ハンニバル』2001年

『羊たちの沈黙』から10年、逃亡中のレクターとFBI女性捜査官クラリスとの関係性がよりクローズアップされ、2人の奇妙かつ普遍的な愛が官能的に描かれる。ラストで描かれる「生きたまま脳味噌を喰わせる」衝撃シーンは当時大きな話題に!
監督:リドリー・スコット/脚本:デビット・マメット、スティーブン・ザイアン/出演:アンソニー・ホプキンス、ジュリアン・ムーア
DVD『ハンニバル』/¥1,995(税込)/発売元:東宝ビデオ
© Universal Studios and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.




81年に原作が出版されたレクターシリーズの第1作を映画『ハンニバル』の大ヒットで再映画化。E・ノートン演じる元FBI捜査官と牢獄に収容中のレクター、そして殺人鬼“レッド・ドラゴン”による三つ巴のドラマがスリリングに描かれる。
監督:ブレット・ラトナー/脚本:テッド・タリー/出演:アンソニー・ホプキンス、エドワード・ノートン、レイフ・ファインズ
DVD『レッド・ドラゴン』(ユニバーサル・ザ・ベスト キャンペーン商品) /¥1,800 (税込)/発売元:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
© 2002 Mikona Productions GmbH & CO. KG. All Rights Reserved.
-------------------------------------------------------

《ピーター・ウェーバー インタビュー》


動画をみる
インタビュー(02:29)



 ピーター・ウェーバーは『真珠の首飾りの少女』(03年)で注目された新鋭だ。BBCでテレビマンとして働き、多くのテレビドラマを手がけることで映像の仕事のハウトゥを獲得したウェーバーは、劇場映画デビュー作となる『真珠〜』でオスカー3部門にノミネートされた。
 インテリ好みの「ハンニバル・レクター」シリーズには確かにもってこいの人選かもしれない。しかし、映画が始まると文藝趣味を期待した観客はド肝を抜かれるだろう。地平線の彼方に向かって進むドイツ軍の機甲師団。上空にはユンカースJu87急降下爆撃機「スツーカ」の編隊が飛んでいる。リトアニアの田舎貴族の息子として悠長な生活を送っていたハンニバル・レクター少年を地獄のどん底に突き落とすきっかけになるのは、ソ連のT-34戦車とスツーカの凄絶な一騎打ちだ。『プライベート・ライアン』に登場して以降、第二次世界大戦ものにチョロチョロと顔を出し、最近では『ブラックダリア』にも登場したドイツの特殊車両ケッテンクラートももちろん出てくる。『ハンニバル・ライジング』の冒頭20分では、本格的な第二次世界大戦の戦場が再現されているのだ。

ウェーバー ユンカース・スツーカを観てくれているのは嬉しいですね。あの機種についてはトマス・ハリスの意向でなく、私自身の趣味で選んだものなんです。子供の時分からスツーカは私のお気に入りの飛行機だったんですね。スツーカの魅力はダイブするときのノイズ音にあるのか、それともW型の羽根の形がかっこよかったのか、今となってはちょっとわかりませんが。マッチボックスから出ていたおもちゃをはじめ、たくさんのスツーカを持っていましたよ。振り返れば、子供の頃におもちゃの兵士で遊んでいた自分が大人になって、映画監督になってからも同じように戦争ごっこをしている。要するに映画作家とはみんな子供であるわけです。今回の映画はトマス・ハリス自身が脚本を書いてますけれど、最初に読んだときから冒頭の戦闘描写にひきつけられたんですね。1944〜45年の独ソ戦の最前線で起こったことは現代戦争史の中では極端なもので、個人的にも興味深い。ヨーロッパでは最も苛烈な戦線ではなかったかと思っています。だから最初の20分間で、レクター博士の内面に迫れると思った観客たちが「何だ、これは!」と驚いてくれれば、この後に続くさらに恐ろしい話も楽しんでもらえると思いますよ。

◎ピーター・ウェーバー、カニバリズムとモンスターについて語る

 ハンニバル少年の目の前で繰り広げられる惨劇で最大のものは、ナチスの敗残兵たちによって目の前で妹が殺害され、シチューにされてしまう事件だ。無残な死体こそ映し出されることはないが、飢えた兵士たちに手を引かれて外に出た妹の背後からマサカリが振り下ろされる描写は充分に「後味」悪いものになっている。シリーズ全体を通してハンニバル・レクターを最強の存在にしている人肉喰いのハンニバル(ハンニバル・ザ・カニバル)の原体験となるこの描写は、ウェーバーがはじめて映像化したことになる。

ウェーバー カニバリズムに関しては本を読んだりして知識はあったんです。最近も『スターリングラート』という書籍で、この時期のドイツ軍がソ連の捕虜になった後の話を読みました。収容所では飢餓が酷すぎて、ドイツ兵たちは誰かが弱っているとその人の後をつけ、倒れた瞬間に襲いかかって食べ始めることがあったと書かれていました。トマス・ハリスはハンニバル・レクターというモンスターが生まれる時代として第二次世界大戦の末期を選んだのですが、人肉食は極限状態には必要性を帯びてくるということですね。人肉の味は豚に似ているというんですけど、人間のほうが串に刺すために肉を解体するのが難しいそうです。肉の分量が豚に比べて極めて少ないからです。これを調理するのには、それ相応の手間と作業が必要です。

 マーサ・ラウレンティスは「ウェーバーはインテリジェンスに富んだ人物」と評していた。カニバリズムが隠れテーマである「ハンニバル・レクター」シリーズを監督するにあたって、確かにウェーバーは人肉食を徹底して研究していた。通訳の女性の表情はどんどん暗くなっていくが、監督の授業は続く。

ウェーバー カニバリズム最大の問題は、同族を食べることで体内で起こる化学反応のようですね。これはハンニバル・レクターがなぜ人を食べるかという問題を理解するにあたって重要なポイントになると思います。つまり人肉を食べるとハイな状態というわけではないけれど、一種の興奮状態に陥るのです。それを受けて私は映画の撮影中、レクターを演じたギャスパーに心理的な表現を目指すというよりも、「手袋についた血をなめて」とか、肉体的に陶酔を得るような演技表現を注文していました。自分としては絶対に人肉を食べるような状況に置かれたくないけれど、そのような信じがたい状況を再現することができるのが、やっぱり映画のすごいところですよね。それは観客にしても同じでしょう。暗い映画館の中で信じられないような様々な体験をする。でも2時間弱の体験後は映画館を出て、普通に家に帰り、夜になったら自分のベッドで寝て、翌朝には仕事にいくことができる(笑)。

 以上の話で、カニバリズムが持つインパクトについてはよくわかった。充分なほどわかった。では、そのような怪奇な性癖を持つレクター博士は、どうして世界中のスリラー映画ファンから愛されるようになったのか?

ウェーバー 自分が考えるところのハンニバル・レクターは……もちろん彼は架空の人物ですが、比較的普通の少年だった。それが本当に悲惨なトラウマを植えつけられる事件を経て、モンスターになってしまった。自分が映画作家として興味深いと思ったのは、観客の誰もがハンニバル・レクターに同情や哀れみを持っていることです。彼は子供の頃あれだけの経験をしているから、後に恐ろしい殺人鬼になっても仕方ないというシンパシーを持つ。しかも『ハンニバル・ライジング』で彼は初めて殺人に手を染めるけれど、殺す相手は元ナチ、つまりみんなに嫌悪される存在です。ましてや妹のための復讐という大義名分を持っている。でも私はこう思う。それでも殺人者じゃないか? 観客は彼が憎い相手を1人殺すたびに溜飲を下げるかもしれないけれど、実はハンニバルは殺人を犯すたびに自分自身の心を殺している。何かが麻痺していくなんてレベルじゃない。自分の持っている人間性を滅ぼすプロセスを辿っている。映画のクライマックスで、観客たちが多少なりともハンニバルに対して抱いていたシンパシーが揺らぐ瞬間がくるとしたら、その部分こそをこの映画を作るに当たって最も探求すべきテーマがあると考えたわけです。

 「ハンニバル・レクター」シリーズにおいては、『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミと『ハンニバル』のりドリー・スコットがこの難題に挑戦し、そして成功した。その結果、レクター博士はドラキュラやフランケンシュタインの怪物と並ぶ、稀代のモンスターの仲間入りを果たした。

ウェーバー モンスター誕生譚として、確かに『ハンニバル・ライジング』はドラキュラに近いものがあると思います。ただし今回の映画は『羊たちの沈黙』と違い、人間がいかにしてモンスターになるかという部分を描いているのです。『羊たちの沈黙』では知的な怪物が目の前に存在して、こちらに話しかけてくる衝撃がありました。しかも彼は人間を食べる。その一方で私の映画は人肉を食べることで少年がモンスターに成長してしまう。だからといって、決してカニバリズムを奨励しているものではないわけですけれど。

◎新世代ホラー映画と『ハンニバル・ライジング』の関係

 馬に括りつけた荒縄で首を切断する。銃で撃って動きを封じた相手を生きたまま食べる……『ハンニバル・ライジング』の残酷描写を、もしイーライ・ロスが映画化したら壮絶極まりない仕上がりになった可能性がある。ピーター・ウェーバーはギリギリのところでカメラを微妙に動かすが、胴体から切り離される頭部の転がる様はスクリーンに一瞬映し出されるし、若きハンニバルに食いつかれた犠牲者の断末魔の悲鳴を延々と聞かされる。元ナチスのギャングは少女の人身売買で金を儲ける。犠牲者の少女の辿る悲惨な様子(拷問をはじめとする暴力が降り注ぐ)もしっかり描かれている。やはり昨今流行の拷問系ホラーは気になるのだろうか? ましてや『ハンニバル・ライジング』は前作『真珠の首飾りの少女』とは打って変わっての猟奇娯楽映画なのだ。

ウェーバー 自分はあくまで映画作家だという前提で映画というものを考えています。だから『ソウ』や『ホステル』といった映画に対して、影響を受けたとか目配せをしているというよりも……そのような渦中にいるからそう思われる部分があるかもしれませんが、自らそのように分析したことはありません。私の仕事はできるだけいい映画を作るということだけです。拷問系ホラーやスプラッタパックのムーブメントの中に、私の撮った映画を位置づけるのは、映画批評家の仕事だと思います。さらに具体的に言えば『ホステル』はDVDを持ってるのですが、まだ観ていないのです。「ソウ」シリーズは人気のある映画だということは知っているけれど、これも観ていません。それにこうした現代風のホラー、スプラッタパックの支持者に向けて『ハンニバル・ライジング』はセールスされていませんよね。私にとって『ハンニバル・ライジング』はトマス・ハリスが書いた脚本を読み、そこから受けた衝撃をぎりぎり真に迫った娯楽映画として作ることだけでした。私も映画界に身を置いてますから、間接的にスプラッタパックを意識せざるをえない部分はあるのかもしれません。でも映画に描かれる残酷描写については、トマス・ハリスの脚本にあった必然的な要素として描いただけで、自分の中で意識しているわけではないんです。

 もちろん主人公はハンニバル・レクターという稀代のモンスターです。彼が犠牲者の首を斬るというアイディアは、トマス・ハリスが侍や日本刀といったものから着想したものだと思います。皿にのった肉屋の頭のショットは確かに衝撃的ですが、個人的にこれはトマス・ハリスの発想とまったく関係ないところからイメージを得ました。これはまったく個人的なことですが、皿にのった首というイメージの衝撃性は……もしくはあまたのハリウッド映画の爆発シーンなどを観て受けるショックも同じなのですが、私はどうしても今のイスラム系テロリストのプロパガンダ的な事件を連想してしまう。もちろん『ハンニバル・ライジング』はメッセージ映画ではないし、政治的な主張を持つ映画でもないけれども、観客にとってはハンニバル・レクターの持つ暴力性とアルカイーダのテロルの映像は同じように受け取られるのだと思います。

 しかし、『ハンニバル・ライジング』に登場する「皿にのった生首」の衝撃は、日本人にとっては特別に強く受け取られる可能性がある。神戸の連続児童殺傷事件のクライマックスと絵柄があまりに似通っているのだ(劇中でも「あの人殺しは未成年だ」と刑事が話すシーンが存在している)。

ウェーバー 日本でそんな事件が起こったことは知りませんでした。たぶんトマス・ハリスも知らないと思います。てっきりパリの人肉食殺人事件の話が出るのかと思ったけれど……かつてイギリスでもマリー・ベル事件が起こりましたが、それと同じだと言いたいのですか?(註:1968年に11歳の少女マリー・ベルが近所の幼児3人を連続して殺傷した事件。現在では劣悪な家庭環境と精神障害が犯行の原因とされるが、事件当時のイギリスでは暴力的なテレビの影響だというバッシングが起こった)。あなたたちは『ハンニバル・ライジング』を観て影響を受けた人物が殺人を繰り返したり、カニバリズムに手をそめることを懸念しているのですか?

 えげつない質問をしたばっかりに勘違いされてしまった。我々のスタンスは「絶対にそんなことはありえない」こと、何か犯罪が起こったときに映画の影響にするのは愚の骨頂だが、そういう奴は決まって出てくること、それに対する反論材料がほしいのだという意図を改めて伝えた。

ウェーバー (納得) そうですね。たとえばいまテレビをつければイラクで起きている殺戮が毎晩ニュースで伝えられる。現実社会で実際に起きている残酷な出来事は、我々が全力で映画で再現する光景よりも悲惨だし、理不尽なわけです。実際に戦場のシーンを撮った私は、映画の影響で悪いことが起こると主張する人とは真逆の見解を持っています。

 私は映画というメディアは人間にとって精神の安全弁になるのだと思っています。我々は日常的に平和に暮らしているつもりでも、たとえばユーゴスラビアやルワンダでは、ある日を境に突然殺しあったりしてしまう。つまり日常生活の表面すれすれのところに暴力は存在する。それに対して映画は、人間が抱える何か原始的な衝動であったり、精神の暗黒面といったものを安全な表現として世に送り出す、解放する役割を果たしている。そんな映画を観て、観客が抱える理不尽な欲望をいい感じで刺激して、解放してしまうことができる。映画館はそういう場所になっていると思いますし、暴力的な表現を含む映画は社会の中でもそういう機能を持っているものだと思うんですね。  実際に殺人を犯してしまう人は、魂の深いところにそのような衝動があって、それを押さえきれないのでしょう。トマス・ハリスも私も、メッセージ映画として『ハンニバル・ライジング』を考えているわけではないけれど、もしも社会的な要請があって、この映画からメッセージを読み取ろうとするなら……それは映画を観てもらえれば明らかだし、先に私も一度話したことですが、もし暴力を駆使して復讐を遂げようとするならば、それは相手を身を滅ぼすばかりではなく、自分の心をも滅ぼすグロテスクな事態なのだということです。ハンニバル・レクターは犯罪を重ねるごとに人間味が損なわれていき、モンスターと化していく。それはうつろな存在になりシンパシーを抱くものではなくなる。  加えて私から『ハンニバル・ライジング』を観てくれる日本のお客さんにメッセージを贈るならば……『ハンニバル・ライジング』を観たら人間を食べようと思わずに、ぜひトンカツを食べてください(笑)。日本のトンカツは本当に美味しいですよ!

-------------------------------------------------------

《マーサ・ラウレンティス インタビュー》


動画をみる

メッセージ(00:48)



 マーサ・ラウレンティスは、伝説の映画プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスの細君だ。彼女もまた映画プロデューサーとして活躍し、最新作『ハンニバル・ライジング』でも製作の陣頭指揮を執っている。『映画秘宝』では、02年の『レッド・ドラゴン』公開時にディノ・デ・ラウレンティスに取材することに成功した。話は当然ながらジョン・ギラーミン版『キングコング』、そして『フラッシュ・ゴードン』にも及び、タイトルが出た途端「Flash! Ahh〜♪」と謳いだして笑っていたのがマーサだった。
 あれから5年も経つので、幾らなんでももう忘れているだろうと思ったが、
「あなたたちのこと、覚えてるわよ。クエンティン(タランティーノ)みたいに昔の映画の話ばかりする映画雑誌。ウェブサイトも作ったのね」
 覚えていたから、こちらが驚いた。

◎レクター博士のプリクエルはこうして生まれた

「ハンニバル・レクター」シリーズはミステリ・ファンだけでなく、ホラー映画マニアからも熱狂的に支持されている。アンソニー・ホプキンズ演じるレクター博士はドラキュラやフランケンシュタインに肩を並べるモンスターだ。彼はジェイソンやフレディ・クルーガーと同様にクールな殺人鬼だからだ。
 だがマーサ曰く「ハンニバル・レクター」シリーズは、ホラー映画の枠におさまるものではない。最新作では、若きハンニバル・レクターは、第二次世界大戦末期ナチスに食料にされてしまった妹の復讐のため、仇をひとりずつ見つけては血祭りにあげていく復讐者となっているからだ。

マーサ あなたたちは『ハンニバル・ライジング』を純粋なホラー映画の1本だと定義している? 私は違う。確かに『ハンニバル・ライジング』は、彼がどうやってモンスターになるのかを描いた物語。物凄い殺人シーンもいっぱい。殺し方もそれぞれ違うし、ユニークですよね。確かに人殺しはするけれど、それでもハンニバル・レクターは世界中の人気を集めてる。それはレクターというキャラクターが怪物からヒーローになっていく様子を映画館で皆に見られていたからだと思う。

 マーサとディノのラウレンティス夫妻は第一作『羊たちの沈黙』の大ヒットから、世界中が殺人鬼レクター博士の「次の活躍」を待っていることを実感していた。多くの観客がレクター博士の謎を知りたがっている。彼が人を平然と殺せる動機とそのキャリアこそ、誰もが見たい「映画」なのだということに気づいたからだ。

マーサ 実は2001年に『ハンニバル』の公開にあわせて、日本で宣伝キャンペーンをやったときがきっかけよ。監督のリドリー・スコットとアンソニー・ホプキンスと一緒に一息ついたとき、こんな話題が出た。アンソニーが「日本のマスコミは私に対して、なぜレクター博士は平然と人を殺すのか? なぜ恐ろしい殺人鬼になったのか? そのことを決まって聞いてくる。でも私には答えようがないよ。私は俳優だからそういう質問には答えられない」と非常に戸惑った様子で話していたの。日本だけじゃない、プロモーションで世界中を回ると、映画を観た人たちは、どうしてハンニバルは殺人鬼になったのか、そこに最も興味が惹かれていることがわかった。そのことを原作者のトマス・ハリスに話したんですね。

◎原作者トマス・ハリスが脚本を書き上げるまで

 今回、トマス・ハリスは『ハンニバル・ライジング』の原作だけでなく、撮影用の脚本も自ら手がけている。

マーサ そこで私たちはハリスに「次のレクター博士の映画を作りたい」と話したの。特に妹のミーシャのエピソードについて。この悲劇的なくだりは小説版『ハンニバル』の中にも書かれていますけど、そこをもっともっと掘り下げてほしい。それを映画にしたいって言ったんですよ。そのときハリスは「No! No! No!」と断わっていましたね。彼はちょうど新作の小説に取り組んでいたときだったんですね。でもその後、きっとハリスは私たちの提案について考えてくれたんですね。

 トマス・ハリスがレクター博士プリクエルの筆を手に取る出来事が起こった。 

マーサ 私たちが『レッド・ドラゴン』を作ったとき……原作はずいぶん前に書かれた作品だったから、ハリスはオープニングのエピソードだけ書き足してくれたんです。それで完成した『レッド・ドラゴン』のプロモーションで世界を回ったんだけれど、そこでまたもや私たちは「どうしてレクター博士のような、こんなユニークなキャラクターが生まれたんだ? 彼にはどんなバックグラウンドがあったんだ?」って質問攻めよ(笑)。

 そこで私たちも我慢できなくなって、ハリスに「とにかくレクター博士についてみんな知りたがっている。続きを早く書いてほしい」と言いました(笑)。彼はいつも7年ぐらい時間をかけて小説を書きますけど、とにかくこちらは一刻も早く小説を書いてほしい、それを映画にさせてほしい一心でした。するとハリス35ページほどのアイディアを書いてきたんです。彼はそれを私たちに見せながら、「僕は小説も書くけど、今回は脚本もやらせてほしい」という話が出たんです。

 なぜトマス・ハリスは自ら脚本を書くと言い出したのだろうか?

マーサ それはやはり彼自身がレクター博士の新作について全部をコントロールしたいからですよね。でも小説を書き上げるのには時間がかかる。それにディノは待つことが大嫌い。私は「とにかく早く書いて!」としか言えない。すると今度は220ページほどのストーリーを書いてきた。そして「このプロットをもとに僕は脚本を書く」とハリスは言いました。もちろん、そこからすぐに脚本が完成したというわけじゃないけど。  最初の段階で書き上げられた脚本は長大なものでした。そこでハリスと私たちは話し合って、物語のパートをカットする必要があったことも確かにあった。たとえばハンニバルが通う医学校の死体置場での殺人シーンがありますよね。

 マーサがいう「死体置場」のシーンでは、パリにある医大が殺人現場になる。人体の解剖標本やホルマリン漬けの奇形児といった「お約束」に加え、都市伝説の大ネタ「死体のプール」も登場する。

マーサ あそこはセット・デザインも面白くて私も大好き。セットデザイナーのアラン・スタルスキーも頑張って、恐ろしげな化学実験器具や死体の標本がたくさんあって……、ちょっとデイビット・リンチ的な雰囲気を醸し出していたと思わない?(笑)でも話の流れ全体を見ると、死体置場の占める割合が長すぎた。そこでカットするしかないかなと話し合ったの。ギャスパー・ウリエル演じるハンニバル・レクターとリス・エヴァンズが演じるギャングが繰り広げるブルータルな殺し合いのクライマックスの見せ場までもって行くため、映画のスピードをペースアップしなくてはいけないパートだったんですね。でもハンニバルが殺人を容易くこなす天才だということをわからせる大事なところですから、結局は脚本通りに戻しました。

 トマス・ハリスとの脚本作りはとにかく大変なものだった。

マーサ 脚本の第ニ稿をハリスが書いてきたとき、「もうこれでいい。僕は小説に戻るから、後はそっちでやってくれ」と言われたことがありました。私の仕事は映画作り、脚本を書くことはできない。完成脚本ができるまでの間、脚本家とプロデューサーは常に相談したり、アイディアを出し合う作業が必要なんです。
 例えば脚本の第一稿の中で、ファーストシーンに大きな黒い鳥が出てくるエピソードがありました。その黒い鳥に少年ハンニバルは立ち向かっていくんです。このエピソードによって、ハンニバル・レクターは恐怖心をまったく持っていない少年だということを見せたいという意図があったんです。でもこのエピソードをどう撮影すればいいの? 小さな男の子と巨大な黒い鳥が戦うんですよ!

 『フラッシュ・ゴードン』ではホークマンの軍団が戦艦に立ち向かうじゃないですか!の一言は喉の奥に押し込んだ。

マーサ それで彼に「どうしてもこのくだりは撮影するのは無理だ」だと話しました。その結果、脚本の第二稿ではカットされたんです。ハリスは普段「たとえ仕事の話でも電話しないでくれ」って言うタイプ。ひとりで作品を仕上げる人ですけど、この2年間、私たちは常に電話をかけて脚本への注文を出しましたよ(笑)。この部分を変更して、セリフを変えたい、ここはカットできない? といった具合に細かい部分まで徹底的に話し合った。
 ハリスは小説家として美しい文章を書く人なのですが、すべてのことを文章に記す小説と違って、言葉になってない部分をいかに残すかという部分が脚本の完成度をあげるには必要なことなんです。だから彼も今回『ハンニバル・ライジング』の脚本を書いたことで、いろんな意味で勉強になった部分もあると思います。もちろん大変だったろうけれど。

◎残酷描写規制? 全然気にしてない!

 この取材を行う前、MPAAは独立系の映画制作プロダクションに対して、過激化する残酷描写に対して実質的な規制を強化することをサンダンス映画祭のミーティングで明らかにした。多くのホラー映画はR指定で公開されるが、それまで有名無実だったNC-17の審査基準を徹底的に強化するつもりだとプレゼンテーションが行われたのだ。『ホステル』や『ソウ』といった拷問系のスプラッタパック(21世紀に入って台頭してきた、若手監督たちのスプラッター表現上等の映画群を指す)が続々と大ヒットしていることに対して、劇場サイドが危機感を抱いたのが大きな理由とされる。その実際はホラーを作ってもヒットに結びつかない大手スタジオの圧力だとも言われている。
 『ハンニバル・ライジング』もまた、残酷描写に限って言えば、シリーズの中で最も多くの首が切断され、人肉食の瞬間が描かれる。『ホステル』ばりの人身売買や暴力も満載。ましてやラウレンティス・プロはビッグ・バジェッドの映画も作るが、基本はインディペンデントのプロダクションだ(マーサ自身のキャリアのスタートは『悪魔の棲む家』シリーズや『デッドゾーン』といったホラーだった)。こうした最近の風潮について、彼女はどう考えるか?

マーサ NC-17はまったく問題になっていないわ。レイテイングについて、『ハンニバル・ライジング』は最初からR指定になるということで、私たちも納得したんです。ハンニバルは大人の観客が愛するヒーローというステイタスがあること、それからハリスが作った非常にリアルで緻密だけれど、フィクショナルなキャラクターだということを、シリーズを愛してくれている観客はよく理解してくれているから。
 例えば道徳観というものが映画で描かれているか? なんて批判もあるでしょう。ハンニバル・レクターは確かに連続殺人鬼(シリアルキラー)よ。でもシリアルキラー映画の映画で流される血の量よりも、戦争映画でもどれだけの量の血を流れるか? と考えることは有効だと思うわ。視点が変わるでしょう?私はファミリームービーでも今はかなりインパクトが強いものがあると思うし、時代によってレイティングに変化があるのだと思う。要はバランス感覚ね。『ハンニバル・ライジング』は娯楽性の高さを最優先に心がけて作った映画よ。ひたすらスリリングに楽しめる映画。そういう風に思っています。

 そうなるとまた疑問が出てくる。今回、ピーター・ウェーバーが監督に起用された理由だ。ウェーバーは日本でも『真珠の首飾りの少女』で高い評価を得た、どちらかといえば真面目な純文学系の作風だ。ひたすらスリルを追求する娯楽系の監督なら、ハリウッドに履いて捨てるほどいる。

マーサ ピーター・ウェーバーの魅力は冴えのある頭脳を持っていることよ。彼はヨーロッパ育ちだから、文化的にはヨーロッパの人ですけれど、第二次世界大戦のことも戦後のフランスのことも知識としてしっかりを持っている。『真珠の首飾りの少女』は私も観たけれど、とてもリリカルで叙情的な映画だった。文学的なテーマをカメラのフレームを通して再構築できる監督って、実はあまりいないですよね。もちろんジャンルとして『真珠の首飾りの少女』と『ハンニバル・ライジング』は全然違うものなんですけど、ウェーバーにはトマス・ハリスの世界を娯楽性の高い映画にできる才能があると思う。それにこのシリーズはジョナサン・デミに始まって、リドリー・スコット、フレッド・ラトナー、それからマイケル・マン(『刑事グラハム』)といった大物監督がいままで手がけてきたけれど、今回ばかりは若い監督にやらせたかったんです。いわばチャレンジね。若い監督が自分の才能を有名なシリーズで証明しなくてはいけない。そのかわり、得るものも非常に大きいでしょう。そういうチャレンジの人としてピーター・ウェーバーを選びました。彼は叙情的な世界を描くこともできるし、アグレッシブな映画も作ることができる。これってトマス・ハリスの作品を映画化するのにもってこいの人材だと思わない?

取材・構成:DEVILPRESS MURDER TEAM
『ハンニバル・ライジング』
日劇PLEXほか全国ロードショー中!
●製作年:2007年
●原題:HANNIBAL RISING
●製作国:イギリス・チェコ・フランス・イタリア
●上映時間:121分
●監督:ピーター・ウェーバー
●脚本・原作:トマス・ハリス
●キャスト:ギャスパー・ウリエル、コン・リー、リス・エヴァンズ、ケビン・マクキッド、ドミニク・ウェスト、リチャード・ブレイク、スティーブン・ウォルターズ、アイバン・マレビック
●配給:東宝東和
●公式サイト:http://www.hannibal-rising.jp/




http://www.enterjam.com/

文章および画像の二次利用を固く禁じます

レッドファクション:ゲリラ

13日の金曜日

血のバレンタイン

HOTD: Overkill

DVD Fantasium

007 慰めの報酬

怪談 新耳袋

ハードコアチョコレート

EnterJamについて/お問合せ 広告出稿・情報掲載 リンク RSSについて   Copyright © 2009 CRUISE Co.,Ltd All rights reserved.